読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人間観察

~の話

私は、1人ご飯をすることが多い。一人暮らしだし、一緒に食べてくれる人もいないし、作るのも面倒くさい。


フードコートだったり、お一人様welcomeなカフェだったりが多いのだが(さすがに集団向けは無理)今、目の前に母親と男の子三人兄弟の家族がいる。


この母親は来た時から、仏頂面だった。仏頂面という言葉が正しいのかは分からないが、とにかく楽しそうではなかった。眉をつり上げてイライラしているのがみてとれた。


最初は、たこ焼きだったりラーメンを食べていた。兄弟はふざけあいながらも食べていた。行儀は悪くなかったし、親として子を怒るポイントもなかった。だが、母親は違った。箸を落とした子供に見向きもせず無関心だった。子供は、自分で箸を変えに行った。それだけなら何でもないのだろうが本当に関心がなさそうだった。


少しして、末っ子の男の子が泣いた。文字通り大泣きだ。すると、母親は兄二人に「早く食べちゃって!!」と大声を出した。そして、立ち上がり末っ子の子をあやしに移動していった。

母親が恋しくなったのだろう。二番目の子が母親の元に行った。母親は、「こっちに来ないで!!」と怒鳴った。

育児というものは大変だ。大変という言葉では収まりきれないくらい大変だ。だが、ふと思った。

怒鳴って何の意味があるのだろう。もちろん、躾というものの中で怒ること、大声を出すことは必要だ。だが、先ほどの母親は怒鳴らなくても良いことを怒鳴っていた。

それに意味があるのだろうかと思った。これから、母親と三人の兄弟の縁は互いのどちらかが死ぬまで続く。私が見たのは、表面だけでこの家族の絆は計り知れないものなのかもしれない。

ただ、私も親から怒られることが多かったが(もちろん意味のあるものもあったが理不尽なものも多かった)大人になった今でも覚えている。

この兄弟たちも忘れることはない。大声を出す母親の記憶は決して消えない。そして、母親はそのことを覚えてはいないだろう。

私は、母親から怒鳴られた日々を鮮明に覚えている。そして、それは消えることはない。


兄弟たちにも母親との日々は残っていく。

どうか、その記憶に負けないでほしい。